人間の尊厳とコウノメソッドとの出会い

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母のアルツハイマー闘病日記という題名で書き出したカテゴリー
実は、母だけではく父も同時期にアルツハイマーと診断された。
今でこそ、アルツハイマーは精神科ということが一般的に知られているが
当時は私達姉弟の勉強不足もあり、脳外科で有名な病院に受診して
そこで2人ともアルツハイマーと診断された。

その診断の時に先生がおっしゃった言葉は
「ご家族がそう感じてられるのならそうでしょ~」
CT画像診断だけで、そう診断されてしまった両親。

なるほど母は、その後の経過からアルツハイマーだと納得できるが
父の場合は記憶もある程度あり、アルツハイマーとは到底納得できなかったが
有名な病院の脳外科の先生の言うことだからきっとそうだろうということで
その病院の受診を続け、主治医もその先生にお願いすることにした。

そのうち、いろいろな文献・インターネットで調べているうちに
素晴らしい先生の本に出会い、
すぐに取り寄せて読んだ結果、
この治療で果たして良いのかという疑問が頭をよぎってきた。

その本は、名古屋共和病院河野先生のコウノメソッドです。

アマゾン >>> コウノメソッド
その本を読んで、近くにその治療をしてくださる先生を探したところ
2つの病院を見つけることが出来て両親の受診をしたところ
やはり父の方はアルツハイマー型ではなく脳血管性認知症という診断でした。

そのあとその先生にかかりながら、
主治医は脳外科の先生のままという、変な感じの通院が始まりましたが
結局父は、アルツハイマーと言う診断のまま
悔しいけれど2012年に逝ってしまいました。

それから母は特別養護老人ホームに入ることが出来、
今回の末期癌が発覚するまで、そこにお世話になっていました。

このような経緯の中
私は人間の尊厳と言うことを深く考えるようになっていきました。

その発端として
父が主治医の先生に
「先生、私認知症違いますよね~?と聞いた時の先生の返事が
「認知症の者は聞きよるねん!
認知症と違う人は、そんなんわざわざ聞かへんねん!
あんたは認知症や」

そう言われた時の父のショック
ほんとうにかわいそうで、かわいそうで見てられませんでした。
仮にそうであっても
もう少し他の言い方があるでしょ!と
反論できなかった自分にも、腹立たしく
私もかなり落ち込んだのを今でも忘れることができません。

認知症でも、最期まで人間なんです!

母74歳、父79歳で認知症という診断を受けましたが
それぞれに、人生の重みがあり、
74年間・79年間と本当に一生懸命生きてきて、
結婚して50年余り、苦楽を共にして、
やっと人生の終盤にたった両親が、非情にも認知症という診断・・・

子供も独立し、孫も成人を迎え
これから人生の終盤をもっともっと楽しめるときに
こんな病気になってしまって、
神も仏もないものかと、ほんとに悲しく感じました。

でも、母は認知症になっても死ぬまで女であり、同じく父も人間であり続けたと思います。

まだ施設に入る前、
母はお風呂をとっても嫌がり、
髪の毛を洗うことも怖がっていた時に
結婚してからず~っとお世話になっていた美容院で
訳を話してシャンプー・カットしてもらったとき
鏡に映る母の顔は、少女のようにみるみる明るい表情になり、
それを見た私は、どんなに病気が進んでも
いつまでも女なんだと確信しました。

父の尊厳を守ってあげられなかった私
その時に、もっと言ってあげなれなかった自分を
7年経った今も攻め続けている私ですが
その分、母の最期を優しく寄り添って
父の分も後悔なく見送りたいと思っています。

もっと早くに河野先生のことを知っていれば
また違った介護を出来たことだと思います。

今は、そのころに比べ
認知症の研究もかなり進んでいるので
情報も沢山あります。

今、認知症のご家族を支えられている家族の方に
少しでも、情報をお届けしていきたいと思います。

最近では、認知症の家族を支える為の相談の窓口も沢山出来ました。
もっと早くに、いろいろな窓口で相談出来たら、
私達兄弟の両親の介護も、もっと素敵なものに、また両親たちももっと素晴らしい老後を過ごせたと思います。
そんな私の経験を踏まえての、私がこんなのがあればな~
そう感じた事を発信していきたいと思います。
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母は昨日ホスピスに入ることが出来て
今、あわただしい毎日を過ごしていますので
更新は不定期になりますが
少しずつ、更新していきたいと思います。